焚き火のあいだに立ちのぼるもの

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森の奥まで入りこんだのは、昼過ぎだったか。

季節は、晩秋に差しかかる頃。

湿った土の冷たさが、足跡を辿るように追いついてきて、膝のあたりに昇ってきていた。

荷をおろし、細い枝を拾い、火を起こすまでに、いくらか時間を費やしたように思うが、時計も持たずにいたから、実際のところは分からない。

時間そのものが、音もなくまわりから剥がれ落ちていくようだった。

火が点くと、しばらくのあいだ、じっとそれを見ていた。

燃えるとは、こういうことだったか……

と、ひとりごとのような思いが胸に浮かんだ。

炎がついと上がり、ぱちぱちと音を立てて小枝を割く。その様子は、なにか昔見たもののようでもあり、まだどこでも見ていないもののようでもあった。

眼の奥の、さらに奥のほうで、なにかが小さく動いたような気がした。

火というものは、不思議だ。

近くにいれば温かいのに、心はかえって遠くなる。あるいは、遠くなっているのではなく、ようやく本来の距離に戻っているのかもしれない。

顔を持たず、意志も感情も持たず、それでいて、こちらの沈黙にずっと付き合ってくれる。

ひとと関わることが、どれほどの重さを引きずっているかを思えば、この無言の存在は、たしかにやさしい。

火のそばで湯をわかし、少しばかり酒をたらした。湯気が立つ。風がそっと吹いて、それを横に流してゆく。

このとき、ふと、亡くなった祖父のことを思い出していた。

かつて囲炉裏の前で、黙って煙草をふかしていた背中。ことさらに何かを語ることもなく、ただ火と一緒に在ることが、ひとつの「語り方」であった時代のこと。

僕は、それをなぞるように、ただ火を見ていた。語る言葉を持たぬままに。

焚火の音が、遠くの記憶の皮膜をそっと剥がす。

薪が崩れるたびに、胸のなかにこびりついた古い感情が、炭のように浮かび上がってくる。

懐かしさと呼ぶには名づけようのない感情が、ぬるりと胸に寄ってきて、やがて沈んでいった。

夜は、しんとして深く、あらゆるものの輪郭が薄れていく。

自分という存在さえも、どこか風に擦り減っているような気がする。

それでも、火だけが、たしかにそこにある。

僕がいなくなっても、火はまだしばらく燃えているだろう。

人間の都合など、まるで意に介さずに。

朝になると、火は、灰だけを残していた。

風が吹いて、軽い燃え滓が舞い上がり、それも少しずつ森の土に紛れてゆく。

焚き火台が必須となり、灰の処理にも厳格になった現在では、もう見ない光景だ。

なにひとつ主張せず、痕跡すら最小限にとどめ、火はこの世界から去っていく。

その潔さに、少しだけ胸を打たれる。

焚火とは、人の暮らしの縁にしずかに沿う、もうひとつの命のあり方であるように思われた。

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